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アユサワ時計店
ジュズダマ」
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他愛もなく、
ふと思い浮かんだのだが、
子どもの時に木綿糸を通し、首飾りや、
今で言う所のブレスレットを創った「ジュズダマ」は
何処にいったのだろう。
子どもの頃には、そろそろこの時期に見られていたと
思うのだが、近頃ではさっぱりとその姿を見ることはない。

ファミコン・ゲームを手玉に取る今様の
子どもたちから見ると昔の子どもの遊び用具は
「ものがなかった」こともあって自然植物と
対峙することが多かった。

真っ赤に色の変わったホオズキを爪楊枝で種を取り出し、
口に入れて鳴らしたり、これは江ノ島の桟橋での露天で
売っていた「海ホウズキ」を含み歯で押しつぶしながらの
「ホオズキ遊び」は、きれいな音色を出すのなら兎も角、
くぐもった音を出すのに四苦八苦したのだから、
今振り返っても他愛のない遊びだったと思うのだが、
浮世絵に描かれている「ビードロを吹く女」にしても
「ポッピン」といつた、なんとも気だるい音を発するのみである。
純にして朴なる風物詩でもあった。

今朝も公園を散策していると、
どんぐりを拾い集めている人が居る。
手に持っているビニール袋が重そうに揺れていた。
まさか食べるのではあるまいと
「どうするのですか?」と問うと、近くの幼稚園に持って行くと
子ども達が喜ぶのだという。
自然環境の変化から、ドングリを知らぬ子どもが多数いても
何等不思議ではなく、ゆで卵でさえ剥き方に戸惑う子どもが
居ると耳にする。
いやいや、スライスした卵しか知らず、
ゆで卵そのものを知らぬ子もとなると、
ドングリ遊びも自然との関わりからいっても
有効な手立てでありましょう。



切り捨て御免の老朽化に異議を
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神奈川県民ならずとも近隣の美術愛好家に親しまれてきた
神奈川県立美術館が老朽化のため閉館することになり、
いよいよ幕引きの足音が近づいてきた。
昭和26年の開館というのだから半世紀以上もシンプルで
ありながらモダンな景観はロケーシヨンが鎌倉八幡宮の中に
あることもあって長い事、楽しませてもらっていた。
伝統ある建物は補修して保存の方向ではあるが、
美術館としての機能は終わりを告げる。

私は、特に美術愛好家でもないのだが、
なんたびか足を運んだこともある。
今でも、おりありと思い出すのは「パウル・クレー展」のそれである。
建物が、かろうじて取り壊されるのが免れたとはいえ、
些か寂しい思いもなくはない。

その寂しさは「老朽化」という三文字である。
老朽化のため取り壊す。
まだまだ現役として使えるものを錦の御旗、水戸黄門の
印籠のように、かざされると色を失う。

今さらと言う気はするが解体された国立競技場は
使用に耐えられず、本当に危険なものであったのか?
「老朽化」と言う代物を大規模な補修ではなく
時の重みを計りながら使う術はないのだろうか?

たとえ、それが物であっても、「直して使う」のではなくして、
すぐさま壊して新しいのに作り変えるとなると、そもそもが老朽化
の波をどっぷり被っている当方としても、ただならぬ痛覚を伴う。


なぜか人を安心させる人
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ふと見上げた図書館の書棚に
「なぜか人を安心させる人」の共通点との題名に、
おもわず場違いな手前としては、ひきつけられたが如く、
その場でページを繰ってみた。
すると、「坐り心地のいい椅子のような人」
「次が楽しみな人」「ここだけの話を守れる人」
「気持ちを汲んでくれる人」「負けることもできる人」
「謙虚を楽しめる人」「節度のある人」「ひとこと謝れる人」
「笑顔で魅せる人」と小見出しがつけられ、また、
それぞれが細かな章に分けられている。
そのどれもが当方とは無縁な話ばかりで、
なるほどご無理ごもっともと頭を垂れる術しかない。
そのなかで、「立派な人より、売りのある人に
なってみないか」に心が動いた。

【お寿司屋のカウンターに坐ると、
目の前には、おいしそうなネタが並んでいる。
ビール一本頼んで、さて、と。
その人は、寿司屋の大将に聞いた。
「何がおいしいの?お勧めは、何?」すると、
威勢のいい角刈りに、血色のいい顔をした大将は
眉をしかめて「うちは何でも、うまいんだよ」と怒ったような声で答えたという。

 確かに大将のいうとおりで、握ってもらった寿司は上々である。
しかし、その人は、満足感を得られなかったという。
「うちは何でもうまい、か・・・・・もちろん、
それに越した事はないけれど、私はむしろ、たとえ、
ありきたりの寿司屋であっても、うちはマグロなら、
よその店にはまけません、
うちの鯛は絶品なんですよっていうような、
いわば“売り”のある寿司屋のほうが好きなんですよ。
そうは思いませんか?」

 おもしろい話だと思った。
そして、ふと、人間のことを思った。
いい学校を卒業して、いい会社に就職して、
いわば非の打ち所のないような人というのは、
それは確かに立派な人なのだろうが、
どことなく近寄りがたい感じがしないでもない。
何とか協力してやろうという気持ちには、なかなかなれないものだ。
立派な人なのだから、自分ですべてをやるだろうし、
おそらく、「お呼びじゃないだろうな」と思って遠慮しがちだ。
そういうことならば、「立派ではない人」というのは。どうか。
周囲の人たちから、ひんしゅくを買っているような
欠点だらけの人ではあっても、
もし、キラリと光るような「売り」があれば、
味方になってくれる人もいるだろうし、
何かと親切に協力してくれる人も現われるのではないだろうか。

 自分の性格的な欠点を何だかんだと悩む人も多いが、
自分の欠点を改善しようと焦るよりも、
自分のなかに「売り」を探す努力をするほうが
賢明な生き方なのかもしれない。
この寿司屋の話は、そういうことを示唆して
くれているように思えるのだ。
人は必ず、これは人には負けない、これは人に誇れる、
というものを一つは持っていると信じよう。
いや、実際、そういうものだ。】
(「なぜか人を安心させる人」の共通点・鴨下一郎著・新講社)

人に負けない、人に誇れるとありますか。
さてさて、いくら頭をめぐらしてもソレらしきものの片鱗さえ
浮かんでこず、こりゃ弱ったな~と頭を抱えるのだが。
はて、今からでも何か「売り」を創り上げませんと!と
自戒をいたすのみであるぞなもし。


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★アユサワ時計店
★東京・板橋区蓮沼町71-2
★℡ 03-3966-1715



こんな筈ではなかった老人の哀惜
銀座に月光荘という画材屋さんがある。
ここのポチ入りスケッチブックは私のお気に入りで
日々の日記をスケッチブックに記している。
当初は水彩絵の具で色付けをした絵日記であったのだが、
時間の制約もあり、近年は殴り書きのそれとなっている。
長年つけている日記のページを繰ると三年ほど前の日記に
このようなことが書いてある。
日記の面白さは読み返す事も楽しみの一つなのだが、
まあまあ何を書いているんだか!


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東京新聞の夕刊紙一面の下段にある
「紙つぶて」と言う欄に、『同居でなくていい』と題され、
東洋大教授、井上治代さんの文章が綴られている。

【「家を建てるから一緒に住もう、
と娘夫婦が言ってきたんです」と話す77歳のAさん。
一人娘であるがゆえに、子どもを頼らず、
退職後も嘱託として働いていた。
 しかし5年前、妻が余命3ヶ月の宣告を受けた。
Aさんは会社を休職して妻を看取った。
その後、一人暮らしのAさんに娘から
同居の誘いがあったというわけだ。

 Aさんの持ち家は、二世帯で暮らすには狭い。
新築の際の出費もして、娘夫婦の話に乗ってみることにした。
ところが、彼は1年で元の家に戻ってしまった。
「娘たち主導で作った家には、私の部屋はある事はあっても、
居心地が悪かったんです」という。
特に新居に愛犬を連れての同居だったことが、
娘の夫とはあわず、関係がうまくいかなかった。
「娘が間に入って苦しむのが可愛そうだった」と別居の理由を語る。
「体が弱っても介護が必要になっても、
娘の家に行く気にはならない。
ヘルパーさんを頼んで今の家に居る。
それが無理なら入院したい」と話す。

「あっちこっちの医者に通い、薬のみ飲み生きるのも
楽じゃない」と言いながら、その表情は明るい。
近所の人からは「シーちゃん(犬の名)パパ」と呼ばれ、
犬の散歩仲間と協力関係がとれているからだ。
風邪を引くと、すぐに仲間が駆けつけてくれ、
犬の散歩だけでなく、Aさんの食事も運んでくれる。
犬を介してのご近所づきあいは、娘への愛情と、
最期まで自分らしく生きるために彼が選んだスタイルだった。】

この手の話は何処にでも転がっている。
ご近所にあったラーメン屋さんのHさん夫妻も
仕事をたたみ、娘さんとの同居に踏み切った。
年を重ね、いつまでも鉄鍋を振るうことを考えた末での
結論であったのだが、ほどなく娘さんとの不協和音が
風の便りとして耳に入ってきた。
自分達の部屋は用意されているのだが、
自部の娘とはいえ、口喧しくとても耐えられない
どこかアパートでも借りて暮らしたいと毎日、泣きの涙であるという。

中学時代のクラスメート、Yさんは才色兼備な
バレーボールの選手であった。
(この際、バレーは関係がない)
Yさんのお母さんが私共においでいただいていた。
80歳を過ぎたであろうか、一人暮らしで
元気カクシャクとしておられた。
嫁いだ娘が一緒に住もうというのだが、今の暮らしが
気を使わないので断っていると話されていたのだが、
2年前に、こちらを引き払って
娘の住む埼玉に移り住むことになった。
先週のことである。
ひょいとしたことからYさんの近況がもたらされた。
気の強いお婆ちゃんは娘夫婦とソリが合わず、
老人ホームへと姿を消したと・・・・・

誰が悪くてという問題ではないのだろうが、
大事なことは「地域コミニュティー」の再生であるか、
それとも創造であるか!
大層な事は出来ずとも、及ばずながら、
ジクソーパズルの一コマとして地域に
関わってみようかと思っている。


その壮絶な生き方にウムッと唸る。
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坂下さん(仮称)さんは、還暦にはまだ余裕がある身、
最近は出てもらいたくないところへ贅肉がついてきたと
お嘆きの様子である。
傍からみると、幾分ぽっちゃりとはしているが、
さほど気にかけることも無いだろうにと思うのだが、
当人はいたって深刻さを顔に滲ませる。

その坂下さんが
「アユさん!うちのお爺ちゃん知っているでしょう?」
(ええ、存じておりますが)
「お爺ちゃんね、今年の春に亡くなったのよ」
(エエッ!お元気だったのに、ご病気でしたか)
「病気じゃないんだけどね、家に柿ノ木があるのよ」
「でね、いつも爺ちゃんが枝を切っていたのね」
「そんで、枝でも落とそうとしたのかしら」
「柿ノ木から落ちちゃったのよ」
(それはまた!)
「そうなのよね、でもこれも寿命よ!」
(寿命っていったって!)

「そんでさぁ、お爺いちゃんね、ドスンと大きな音がしたんで、
驚いて駆けつけた私達に駄目だよって
手を振ったんだから凄いわよ」
「で、救急車がきたときはもう駄目だったのよ」
(それは凄いですね、死に際がわかるなんて)
「そうよね」

坂下さんのお爺ちゃんは90歳近くになられるのであろうか、
若かりし時には道楽にうつつを抜かし、
(これは私が言うのではなく、
坂下さんのお婆ちゃんの言なのだが)
カメラ好きが嵩じて給料をもらうと、
そのままカメラ屋に飛び込んで
欲しいカメラを手にしたという。
当人はそれで満足マンゾクなのだろうが、
いくら俺が稼いだ金と強弁を発しようとも
家人としてはたまったものではない。

そのうち、骨董にも手を出し、くだらないガラクタが幾つも
家の中に転がっていると、これもおばあちゃんの呟きだった。
カメラと骨董と盆栽、三題話ではないが、
身をどっぷりとおき、柿ノ木から滑り落ちるとは、
なんともはや、その壮絶な生き方にウムッと唸る。
ある意味、羨ましくさえもあるのだが、猿ならともかく
柿ノ木から落ちるとあっては痛いからな~